障害の受容③ 心の修行

前回の記事の続きとなります 

今記事のポイントは

「心の安定には、頼ることを許せる自分になる」

という点です!

 障害の受容の段階を以下のように表現しました 

障害者となって衝撃!訳が分からない

・・・ショック期

きっと治るはず?治らないの?この気持ち誰かにぶつけたい!

・・・否認期

障害者として生きていくなんて無理!出来ないことだらけ!

・・・混乱期

それでも生きて社会に参加したいよな

・・・適応への努力期

これが今の自分!よし!やってこう!

・・・適応期 

このプロセスは今思い返せば順番に乗り越えなければならないんです。

障害の治療?身体的な療養は医療機関に任せることができますが、障害の受容は自分の「心の安定」が必要です。メンタルケアとして医療機関の協力が必要なことはありますが・・・

障害者となった①ショック期の段階で「心」は安定しているとは言えませんよね。

「心」が障害を受け入れられる器に「成長」「回復」することが障害受容には不可欠です。すなわち!心の修行なんです。 

私の経験ですが、ショック期と否認期は知らない間に過ぎ去っていました。

この期間は「自分には障害がある」という事を嫌でも事実としてインプットする

「新しい自分をスタートする心の準備段階」

なんですね。

いわば、修行の始まりの段階です。

 いよいよ準備段階を経て、現実と向き合う段階がやってきます。

混乱期です。

今思えば、この時期を「誰かに頼っていいんだよ」とわかりやすく伝えてくれる人がそばにいてくれたから今の自分があると思っています。

家族、友人、医療従事者、学校関係者などの支えで乗り越えることができたんです。

詳細はまたの機会としますが

「障害者として生きていくなんて無理」な状態で「頑張ればできる!」と励まされても逆効果になることは理解していただけますよね。

辛い現実と向き合うことを後回しにして、心の殻に閉じこもりたくなる段階なのです。

「修行」してないようで、様々な葛藤と戦い続けています。

時間が必要な期間なんです。

日々そんな戦いを続けていると「負ける」「折れる」ことはよく起こります。

よく起こるんです・・・

結果・・・投げ出したくもなりますよね。

混乱期を一人で乗り越えることは困難です。

でも、よっぽど甘えることがうまい人でないと心の葛藤と戦い、負け続ける自分をさらけ出して頼ることも困難です。 

自分が障害者になってどうしようもない感情に飲み込まれてしまっている方

心の葛藤に負け続けていいんです。

負けないと前に進めないイベント的なものです。

それでも、弱音を吐ける気持ちになったら近い人でもネットでも何でもいいんです。

全力で弱音を吐いて、また負け戦を続けましょう。

・・・いつかきっと報われます。

なにか心の変化や行動の変化に気づけたら・・・

その時に「混乱期」から「適応への努力期」に変わる段階です。

 障害者になって苦しむ近い人の力になりたいと思っている方

「頼っていいんだというサイン」を言葉や態度でわかりやすく伝え続けてあげて下さい。

すぐには報われないかもしれません。

もがき苦しむその人(障害者)に対して何もできない自分を目の当たりにして心が「負ける」「折れる」ことばかりでしょう。

でも、それでも、いつかを信じて、苦しむ人が「わかりやすく」頼っていいんだと表現し続けてください。

いつかはきっと来ます。 

「適応への努力期」がやってきたら、霧がすっと晴れて視界が広がるように何かに突き進むことでしょう。

そこに困難はありますが混沌としたものはきっと、かなり減っていると思われます。

 最後になります。

今の私が、自身の障害を受容したといえるなら、ポイントはこの3点です 

動かない右手が当たり前として生活ができる→動かないものはしょうがないと割り切れることができる

動かない右手を隠そうとせずに振舞うことができる→初対面の人にも右手が動かないことを話せる

“右手が動かない自分”として将来を考えられる→やりたいこと、出来ないことを整理して目的や目標が持てる 

もう1点加えるならば・・・「眠っているとき夢に出てくる自分は右手が動かない自分」になっていることです。

あくまでも、“私は”ですが・・・ 

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