自閉症スペクトラムの利用者Aさんは興奮した様子で何度も叫んだ
「おまえ殴られたいのか!」
「おまえ殴られたいのか!」
「おまえ殴られたいのか!」
ドキッとするような内容の独白は決まって月曜日の朝繰り広げられる。
興奮がエスカレートすると近くにいる支援員や利用者を突き飛ばす為、支援員にとって要注意の発言である。
グループホームを利用している利用者Aさんは毎週土日に実家に帰ります。
月曜日の朝、母親の送迎で当通所施設に来所されるのですが、その後Aさんは興奮気味に叫ぶのです。
落ち着いてもらうように支援員がサポートしながら個室で見守る事が、週初めの利用者Aさん支援手順。
「おまえ殴られたいのか!」
いったい誰に言われたのか?
それは、利用者Aさんの実の父からです。
不適切な対応に麻痺した家族
「うちの子は悪いことばっかりするから、父も怒ってばかりです」
「実際に手を出すことはたまにしかありません」
障害福祉サービス受給者証の更新手続きで訪れた障害福祉課の窓口前で叫ぶ利用者Aさんを横目に、Aさんの母はケースワーカーにこう話したようです。
その後すぐにケースワーカーから施設に電話が入りました。
「利用者Aさんに対してご家族から虐待を受けている疑いがあります。事情を聞かせてください」
私たちは知る限りの状況をケースワーカーに報告しました。
利用者Aさんの体に殴られたりしたような痣は見当たりません。
しかし、家族による不適切な対応は推察されます。
ケースワーカーから施設に対して「痣やケガを発見したら速やか通報してください」と指示がありました。
お母さん曰く、Aさんが行う悪い事は家族の洋服のタグを千切ってしまう事。
買い置きしていたシャンプーやリンスをすべて排水溝に流して空にしてしまう事です。
自閉症スペクトラム障害の方特有の“こだわり行動”と理解すればいくらでも対処できそうですが・・・。
結果、父の逆鱗に触れ“たまに”手が出るとの事です。
それでも利用者Aは実家に帰りたい

ケースワーカーからも施設の支援員からも、利用者Aさんは365日グループホームを利用したら良いのでは?という提案がなされます。
しかし、不適切な対応を受ける利用者Aさんは実家に帰りたいのです。
言語理解力の高いAさんに“土日もグループホームを利用するか”確認してみると決まって
「おうちに帰る」
「日曜日は○○スーパーに行って肉買う」
と言う一点張りです。
利用者Aさんのニーズは週末は“おうちに帰りたい”
家族から快くない対応をされても“おうちに帰りたい”
グループホームでの生活を嫌がっている素振りは見せませんが。
虐待の疑いがあるAさん家族には通報義務について説明を行いました。
「Aが悪い事をしなければこんな事にはならい」
Aさん家族は顔色一つ変えずに言いました。
その後、Aさんの“おうちに帰りたい”と言う希望はある事件をきっかけに叶わぬ願いに変わりました。
継続的な支援が必要な理由
ある日曜日、利用者Aさん家族から電話連絡が入りました。
「Aが警察に捕まったから来てほしい」
私は急いで警察署に向かい受付で案内してもらった部屋に入ると、おびえた様子のAさんが施設職員を見てこう言いました。
“おうちに帰りたいなぁ”
警察のお世話になった理由は窃盗です。
Aさんは週末おうちに帰る度にご近所の庭先にある掃除道具等を無断で持ち帰っていました。
おうちからは母や父が知らない掃除道具等が複数出てきたようです。
以前からビデオカメラに窃盗の様子が記録されており、ご近所から警察に相談されていたようです。
毎週日曜日、決まった時間にやってくるAさんを待ち伏せていた警察官に現行犯で捕まったわけです。
「もうこの子の面倒は見れません」
こういった事情から利用者Aさんの365日グループホーム利用が決まりました。
フォーマル、インフォーマルな支援があればAさんの生活を支えられたのか?
“たられば”ばかりが施設職員の心に残りました。
利用者の人生に寄り添う
利用者Aさんの歩んできた道のりを振り返ると、私たち支援者が日々向き合う「家族」と「本人の意思」、そして「社会資源」の交差点がどれほど複雑で、どれほど繊細なものなのかを改めて感じます。
家族の事情や価値観、地域の目、制度の限界。
その中で、本人が示す「おうちに帰りたい」というまっすぐな願いは、誰の心にも残る強いメッセージでした。
支援の世界では、“たられば”がつきものです。
しかし、その悔しさや学びを次の支援につなげることこそが、私たちにできる最大の責任であり、役割なのだと思います。
Aさんがこれから少しでも安心して過ごせる日々を重ねられるよう、私たち支援者はこれからも寄り添い続けたい。
そう強く感じさせてくれる出来事でした。


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